小説を沢山読んだ人は、小説を書ける。
という話を時々見聞きしますが、実際のところ書ける人は僅かです。
同じだけの量の本を読んでも、小説を書ける人と、書けない人がでます。
その違いは何処にあるのか?
それが長いこと謎だったのですが、丁度去年の今頃、自分なりの一つの解答を見つけました。
それは私の場合、小説(またはマンガ、ゲームなど物語)を読んでいるときに、「物語のアイデアや仕掛けにばかり目が行っていて、キャラクターの心の変化を注視していなかった」ということです。
読者の驚きは、アイデアや仕掛けにありますが、感動は、心の変化によってキャラクターの行動が変わるところに生まれます。
私は、そのことに長いこと気が付いていませんでした。
もちろんアイデアや仕掛けの斬新さは必要ですが、驚きだけでは読者の皆さんは読み続けてはくれません。
チャラクターの心が変化する出来事が起きて、その後行動が変わる。
小さな出来事でも読んでくださる方々が納得できるレベルで、心の変化があることが大事です。
この心の変化による行動の変化、これが理解していなくてもたまたま書けている場合もありますが、理解していて意識して書いているかそうでないかで、小説を書いているうちに大きな差になって行きます。
簡単に「鬼滅の刃」の第一話で、富岡義勇を例に挙げて解説しますと、義勇は初め、鬼と化してしまった襧豆子を、炭治郎の説得に耳を傾けずに容赦なく滅そうとします。
それはこれまでの経験から、鬼となってしまった者はすべからく、理性をなくして肉親だろうと襲って喰ってしまうという事実を目にしてきたからです。
この、凝り固まってしまった彼の考え(心)を変えたのは、炭次郎が襧豆子を人間に戻すという言葉を実行に移すだけの覚悟を示したこと(この行動は襧豆子が兄を思う心を強く呼び覚ます事にも繋がっている)と、餓えている状態であるのに倒れた炭次郎を守ろうとした襧豆子の行動。
この二つによって義勇は心を動かされ、二人を鱗滝さんに託そうと考えることが出来るようになったのです。
このように、キャラクターがそれまで出来なかった行動を、心が変わることによって出来るようになる。そこに感動が生まれるのです。
その積み重ねを丁寧にすることが、物語を、小説を書くということなのだと思います。
沢山の小説やマンガ、ゲームなど、物語を多く読んでいても物語が書けないという人は、この辺りを意識してキャラクターの心の変化を収集していくと、作品を読んで頂いている皆さんに感動して頂ける物語を書けるようになるでしょう。
まあ、かく言う私も、去年の今頃この事に気付いてからその辺りを意識するようになったので、まだまだうまく出来ていないんですけどね。